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杉内俊哉

スポーツ

杉内俊哉

すぎうちとしや

プロ野球読売ジャイアンツ投手

左投左打、ポジションは投手背番号は47*1→18番*2

1980年10月30日生まれ。福岡県大野城市出身。血液型A。

大野中3年の時に大野城市の少年硬式野球チーム「大野城ガッツ」のエースとして全国準優勝。

1998年、鹿児島実業高3年の時に夏の甲子園で、八戸工大一高戦でノーヒットノーランを記録。

2回戦の横浜高戦では松坂大輔(現ボストン・レッドソックス)と投げ合うも、8回6失点で敗退。

高校卒業後は社会人野球三菱重工長崎を経て、2001年、ドラフト3順目で福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に入団。

2002年、即戦力として期待されながらも1年目は2勝(2敗)に終わった。

2年目の2003年は先発ローテーションに定着し、前半戦は負けが先行したものの、後半戦は6連勝するなど好調を維持し、2桁勝利を挙げた。

日本シリーズでもそのままの勢いで好投し、2勝で日本一に貢献、MVPを獲得した。

同年12月、地元TV局テレビ西日本(TNC)のリポーターを務めていた上葉えりかさんと結婚。

ゆったりとしたフォームから放つキレのあるストレートと大きく曲がるカーブが持ち味。

千葉ロッテマリーンズに強く、ロッテキラーとして活躍。

2004年6月1日の千葉ロッテマリーンズ戦で、2回で7失点KOし降板後、ベンチを両手で殴り骨折という事件を起こし、1年を棒に振った。

2005年、昨年の分を取り戻すかのように活躍。18勝4敗で最多勝防御率2.11で最優秀防御率のニ冠に輝く。沢村賞も受賞。

チームのリーグ1位に大きく貢献した。

2012年、FA権を行使して読売ジャイアンツへ移籍。

同年5月30日、楽天戦でノーヒットノーランを達成。*3


2ちゃんねるではたまに「ブルガリア」と呼ばれている。

義弟は新垣渚

リスト::野球選手

*1工藤公康背番号を貰い受ける。

*2藤田元司堀内恒夫桑田真澄と受け継がれたジャイアンツエースナンバー。桑田のメジャー移籍後は杉内が着用するまで空き番となっていた。

*3:9回2死までパーフェクト。1四球のみの準完全試合