是川銀蔵

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是川銀蔵

これかわぎんぞう

是川銀蔵

明治30年生まれ

有名な投機家、投資家。略して「是銀」というニックネームもある。

日本セメントや同和鉱業仕手筋として活躍。

有名エピソードに、住友金属鉱山の菱刈金山の発見を材料にした相場で数百億円儲けた話がある。また相場や事業で何度も成功するが、そのたびに昭和恐慌や戦争で無一文となっている*1

長者番付日本一にもなり、「最後の相場師」との異名を持つ。

しかし1992年に95歳で亡くなったとき約24億円の借金を残した。

*1:彼以外にも安藤百福、松井房吉など当時の事業家は成功、失敗を何度も繰り返している