性に対する偏見

性に対する偏見

(社会)
せいにたいするへんけん

[[]]性に対する偏見と社会的タブー化の原因は宗教の影響にあります。このような女性差別、性に対する偏見は大昔からあるもので(特に天皇制と宗教の密着時代)、未だ続いています。確かに今は支配権と宗教の関係は以前のようではありません。しかし、政教分離化は進んでいると言っても社会は未だ宗教の影響から吹っ切れていないのです。それところか、近年の政治状況を観る限り、支配権の右翼化によって宗教の影響は強まっている事を誰でも感じれます。近年の変化についていくらでも例を挙げる事は出来ます。でもここで示したい問題は別のところにあります。通常、政教分離・社会の世俗化について一般人に聞いた場合は、宗教は政権と教育から分離している、と言うような回答を受けます。果たして本当にそう言い切れるのでしょうか。実際例として、日本と同じく欧米国でも女子大学(キリスト教系)は存在しています。勿論これらの大学に入学する事は自由です。しかし、そこには入学する方ご本人の自由な意思を条件にするべきです。では問題はこのよう学生の選択と意思の自由です。この問題を以下の面から解剖しようと思います。
キリスト教の両親の間に生まれる子供は自動的にキリスト教と思われて、家庭内でそのような教育を受けてしまいます。そうなると、その子供には選択権を与えられていない事になります。当然ながら生まれて来たばかりの子供には大人の考え方の区別は出来ません。では両親は明らかに子供に自分たちの思想を強制した事になるのではないでしょうか。<自分の子供だからどう育とうと勝手ではないか>、って言われたらそこまでですが、許してはいけないと思います。
一応、私ともは宗教に限らず、思想と内心の自由を認めて、尊重するべきと考えています。そう考えているからこそ生まれて来たばかりの子供には一方的に思想を強制してはいけないと想っています。つまり、子供の成長を考えて、人間誰でも17歳になってから、何の強制もなく、自分の思想を選択するような仕組みにするべきです。こんな仕組みと社会での常識の流行化が進めばはじめて世俗主義社会の実現を指摘出来ると思いますが、いかがでしょうか。
特定の女子学生(キリスト系か何教系でも)についてより詳細にご指摘出来る方がおられましたら幸いですが。個人的には、宗教的な家庭内での子供たちの教育に対して多いに例を挙げる事は出来ます。特にイラン国内での例とか、近年と欧米でも社会的問題化している事についてです。もの問題は多くの子供たち(男女共に)の人権を侵害している以上に、非常に重要な問題だと認識しています。
政治に加入していなくても宗教の社会的影響は未だ大きいのです。その影響の結果として男女差別と性に対する偏見とタブー化の継続は生じています。この問題は大昔からあろうと、それを無く姿勢を見せる事はなく、男を中心に社会システムの維持をする現支配権にはその全ての責任を問うべきと確信しています。
政教分離化は進んでいるとされている国々でも未だ男女差別は問題ですが、もっと深刻なのは今世紀でも宗教政権を維持して行こうとするイスラム政権の姿勢とそれのもとで存在する男女差別、子供の人権侵害の現実です。イラン、アフガニスタン、イラク、サウジアラビアなどに目を通して観ればその深刻さを把握出来ます。これらの国で宗教の信教は強制的であり、逆らう事は死を意味します。そんな抑圧的の事実に関して人道機関の(わずかながら)のデーターを参考出来ます。イスラム政権のもとを離れようと、多くの人々は亡命していますが、その亡命先でも彼らを方って置かないのはイスラム政治運動をする組織です。それらの組織の殆どはイスラム政権から資金援助を受けています。このような大資金注入の原因は、イスラム組織とそんな支配権は自分たちの非道の暴露を恐れている現実にあります。しかし、多いなる女性、子供、労働者の解放のためにはこれら反動な傾向を絶対に許してはいけません。
上記論議を基本にして、世俗主義運動・闘いの重要性を主張出来ると想います。が、ご意見と感想ある方を歓迎致します。

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