アマチュア野球選手・指導者。MLB、ロサンゼルス・ドジャース球団職員。通称「アイク生原」。
右投左打、ポジションは捕手。
1965年に渡米し、ロサンゼルス・ドジャース、ピーター・オマリー会長の国際担当秘書となり、
球団職員として活躍。
日米野球の親善大使を務め、野球の国際化に貢献するなど、日米野球界の掛け橋として尽力。
1982年、オーナーの補佐兼国際担当として活躍。巨人・中日のベロビーチ?・キャンプの実現、
日米大学野球選手権の開催などプロ、アマを問わず幅広い日米野球交流の中心的役割を果した。
1988年、1A、アメリカベロビーチ・ドジャースに野球留学してきた山本昌広(山本昌)を鍛え、
カーブ、スクリューボールを伝授する。
1992年10月26日、胃癌の為逝去。
オマリー家の墓の隣にて眠っている。
2002年、新世紀特別表彰で野球殿堂入り。
| あ | アイク生原 |
|---|---|
| や | 野球殿堂, 山本昌 |
| ら | リスト::野球選手/あ行 |