生田万の乱

社会

生田万の乱

いくたよろずのらん

生田万の乱(いくたよろずのらん)

1837年、江戸後期の国学者生田万が、天保飢饉の際、(奉天命誅国賊)の旗を掲げ、救民のために越後柏崎の陣屋を襲った事件。大塩平八郎の蜂起に刺激され決起したが鎮圧された。生田は負傷して自刃。幕府は、天保の改革を進める契機となった。