西島洋介

スポーツ

西島洋介

にしじまようすけ

経歴

ボクサー時代

1992年3月26日、「西島洋介山」のリングネームでプロデビュー。和製ヘビー級ボクサーとして話題を集める。地下足袋リングシューズ・スキンヘッドという奇抜な出で立ちや必殺技宇宙パンチなどが注目され、当初は話題先行型だった。

1995年2月19日、NABO北米クルーザー級王座を獲得。

1996年10月5日、OPBF東洋太平洋クルーザー級王座決定戦においてピーター・キンセラを3RKOで下し、同王座を獲得。

1997年7月11日、WBF世界クルーザー級王座を獲得。

1997年11月、所属していたオサムジムの渡辺治会長と対立。絶縁状を叩きつけ、単身で渡米する。

1998年、米国カリフォルニア州ライセンスを取得。3月19日、本名の「西島洋介」をリングネームにして再デビュー。

1998年3月23日、オサムジムとのマネジメント契約を破棄したことを理由に、日本ボクシングコミッションJBC)から無期限のライセンス停止処分を科せられ、事実上日本ボクシング界から追放される。

2003年7月10日、カリフォルニア州クルーザー級王座決定戦に臨むが、2RTKO負け。

通算成績27戦24勝(15KO)2敗1分。

PRIDE時代

2005年6月16日、突如としてPRIDE参戦を表明。高田道場入りする。

リングネームを一般公募し、「陽海山」としたが、クレームが付いた為本名で参戦。

2006年2月26日PRIDE.31マーク・ハント戦で総合格闘技デビュー。