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石上三登志

読書

石上三登志

いしがみみつとし
  • SFミステリー評論家、翻訳家、CMディレクター。本名、今村昭。(1939年1月3日〜2012年11月6日)
  • 明治大学文学部文学科英米文学専攻卒業。映画を中心に、ミステリ、SF、漫画、広告等、幅広い分野で評論家として活躍するかたわら、雑誌『映画宝庫』『FLIX』の責任編集、翻訳、映画脚本等も手がける。また、本業の広告マンとしては京映、第一企画をへて、電通に勤務し、多数のCMをてがける。<レナウン・イエイエ>、<ナショナル・乾電池・人造人間>で、第1、2回のACC・CM殿堂入り。他にCM賞を多数受賞している。

経歴

東京生まれだが、5歳から疎開先の福島県で育つ。小学生時代からミステリがすきであったが、江戸川乱歩は嫌いで、横溝正史久米元一の少年ものを読んでいた。

中学二年の頃から、観た映画についてすべて、題名、監督名、脚本家名、原作者名などを大学ノートに書くようになる。これで覚えたさまざまな人名が、のちの名作『地球のための紳士録』につながることになる。

磐城高校時代は新聞部に所属。同学年に、「ミステリマガジン」などでイラストを描いた山野辺進がいた。

大学入学を機に、家族と一緒に東京に戻る。

明治大学にはミステリ研究会がなかったため、「ヒッチコックマガジン?」の創刊直後、ファンクラブの会合にすぐ参加。そこに参加していた「ワセダミステリクラブ」創設者の大塚勘治(仁賀克雄)にさそわれ、「ワセダミステリクラブOB会」に参加。のちに「幻影城」を創刊する島崎博らと知り合う。

だが、ミステリ以外の「漫画や映画」などのサブカルチャー全般に興味があったため、いごこちが悪くなり、曽根忠穂(のち「奇想天外」編集長)や宮田雪(のち脚本家)らと、別に「OFF」という映画・漫画などを論じる同人誌を作った。その中で鈴木清順映画を誉めたため、やはり鈴木清順を初期から評価していた、小林信彦に注目される。

石上三登志」名義で、レン・デイトン原作の映画「国際諜報局」の映画評を投稿して、雑誌「映画評論」で評論家デビュー。

以降、本業のかたわら、「キネマ旬報」「ミステリマガジン」「奇想天外」「スターログ」などに寄稿する。また、大林宣彦監督ともCMディレクター時代からの盟友で、多くの大林映画にゲスト出演している。

また、70年代後半には、筈見有弘増淵健らと共同で、季刊雑誌「映画宝庫」を刊行した。

近年は、「アート・アニメーションのちいさな学校」で特別講師をつとめている。


著書


共著


訳書(刑事コロンボ・シリーズを除く)

映画出演