スポーツ

千代大海

ちよたいかい

力士千代大海龍二。九重部屋。最高位大関

本名は廣嶋龍二であったが、2009年5月に廣嶋から須藤*1に改姓した。1976年4月29日生まれ。大分県出身*2

182cm 162kg。回転の速い突き押しが武器。幕内優勝3回。

1992年11月場所初土俵、95年7月場所で新十両、97年9月場所新入幕。99年1月場所関脇で初優勝し、場所後大関昇進(当時22歳)。大関在位65場所(史上1位)。

2010年1月場所で現役引退。年寄佐ノ山を襲名


角界入り前、地元大分では知らぬ者がいないほどの悪餓鬼であった。中学時代は金髪に剃り込み。大分最大の暴走族(珍走団)である「十二単」を率いて、高校生数十人と乱闘し、勝利を収めるなど、勇ましい武勇伝を数多く持つ、札付きの「ワル」であった*3

一方で、小学4年生から始めた柔道の腕は比類なきものがあり、中学2年の柔道全国大会では3位に入賞。他にも、年齢を偽って出場した極真空手九州大会成年の部では、3位に入賞する活躍を見せるなど、恵まれた体格と類稀な格闘技のセンスを持ち合わせていた。

中学を卒業した龍二は、数ある高校からのスポーツ推薦を断り、「親孝行をしたいから」と鳶職への道を歩む。その傍らで空手を続けていたが、中学時代のメンバーと集まりだしてからは仕事もしないようになっていった。

ある日、母親が包丁を持って龍二の前に立った。「将来にもう何も希望もない。お前を殺して、私も死ぬ!」……その眼差しは真剣であった。元は親孝行をしたいと思い、職に就いた龍二は、その眼差しに心が揺れた。

そして、龍二は相撲への道を歩む決意をする。テレビ中継で憧れていた千代の富士(現・九重親方)の元へと入門した龍二は、金髪のリーゼントを全て刈り、相撲道に邁進していくことになる*4

入門3ヶ月後にして序の口を全勝優勝で飾った龍二は、四股名を「廣嶋」から母のつけてくれた「千代大海」に改名。その後は出世街道を一直線。当時人気横綱だった貴乃花を破り金星をあげると、1999年1月には初優勝。大関に推挙され、約5年間の新大関不在に終止符を打った。

龍二のこれまでの人生は、不良から角界の頂点を目指すサクセスストーリーとしての魅力を十分孕み、観客に見せる逞しい相撲スタイルだけではなく、その人生に惹かれたファンも数多くいる、今や角界を代表する人気力士の一人ある。

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*1:母親の再婚相手と養子縁組をしたため

*2北海道室蘭市出身、大分育ちだが、種々の事情から大分県出身と公称

*3:その証拠に、今でも腕には根性焼きの痕が見られる。

*4九重親方は後に、「金髪、剃り込みの子供が来て、正直驚いた」とコメントしている。