川相昌弘

スポーツ

川相昌弘

かわいまさひろ

プロ野球選手。

通称「バントの神様」。

右投右打*1、ポジションは遊撃手背番号は60→0→6→7番。


1964年9月27日生まれ、岡山県岡山市出身。

岡山南高校から1982年ドラフト4位で読売ジャイアンツ入団。

1988年、一軍に定着。伝家の宝刀であるバント技術と、華麗な内野守備でジャイアンツの2番打者として活躍。

堅守の遊撃手として、1990年代のジャイアンツを支えた。

2003年、通算犠打成功数512回の世界記録を達成*2

2003年、原辰徳の要請で一度は引退、二軍守備走塁コーチに就任する予定であったが、コーチ就任が白紙になり引退撤回。

2004年、落合博満に誘われて、入団テストを経て中日ドラゴンズに入団。

移籍後も、代打バンターや守備固めと、渋い活躍を見せ、セ・リーグ優勝に貢献。

2006年、選手兼任コーチとなり、リーグ優勝に貢献。


同年、現役引退。

2007年、ドラゴンズの一軍守備・走塁コーチに就任。

2010年、ドラゴンズの二軍監督に就任。

2011年、二軍監督として古巣・読売ジャイアンツに復帰。

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*1:1989年〜1990年は右投両。

*2:これまでの記録保持者はエディ・コリンズ。ただし、コリンズの場合犠牲フライも含まれていた。