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選手兼任監督

スポーツ

選手兼任監督

せんしゅけんにんかんとく

スポーツにおいて、チームの監督を兼任するスポーツ選手の呼称。プレーイング・マネージャープレイングマネージャーとも呼ばれる。

概要

選手である上に監督を兼任すると言うことは、選手自身の負担が大きくなるため、最近ではあまり見られない。しかし、サッカー界においては、Jリーグ入りを目指すクラブチームに元Jリーガーを起用するケースが見られる。ただし、Jリーグ規約によりJリーグでは監督・コーチと選手を兼任することが出来ない規則となっており、登録上は選手扱いとなる。

海外サッカーでは、チェルシールート・フリットが1996-1997シーズンに兼任監督としてプレーし、その後任もジャンルカ・ヴィアリが兼任で務めた。

野球黎明期においては、選手が監督を兼任していたのが一般的であった。タイ・カッブなどもその1人。監督も選手同様ユニフォームを着用するのはその所以である。ちなみにMLBでは1984年ピート・ローズが最後。

NFLでは、シカゴ・ベアーズジョージ・ハラスが有名。

日本プロ野球界の選手兼任監督

選手名球団兼任期間
伊藤勝三大東京軍1936年
桝嘉一名古屋軍1936年
山下実阪急軍1938-1940年
苅田久徳東京セネタース1938-1941年
 大和軍1943年
 東急フライヤーズ1947-1948年
松木謙治郎阪神大阪タイガース1940-1941年、1950年
井野川利春阪急軍1941年
 東急フライヤーズ1949年
杉田屋守黒鷲軍1941年
竹内愛一朝日軍1941年
本田親喜名古屋軍1941-1942年
若林忠志大阪タイガース1942-1944年、1947-1949年
 毎日オリオンズ1953年
中島治康東京巨人軍1943年、1946-1947年
 大洋ホエールズ1951年
中上英雄*1東京巨人軍1944年、1946年
坪内道則朝日軍1943-1944年
 ゴールドスター1946年
 名古屋ドラゴンズ1951年
西村正夫阪急軍阪急ブレーブス1944年-1947年
加藤喜作近畿日本1944年
山本一人南海ホークス1946-1952年
藤村富美男大阪タイガース1946年、1955-1956年
皆川定之急映フライヤーズ1948年
浜崎真二阪急ブレーブス1948-1950年
湯浅禎夫毎日オリオンズ1950年
水原茂読売ジャイアンツ1950年
小島利男西日本パイレーツ1950年
宮崎要西鉄クリッパーズ1950年
別当薫毎日オリオンズ1952年、1954-1957年
白石勝巳広島カープ1953-1956年
藤井勇?大洋ホエールズ1955年
野口明中日ドラゴンズ1955年
宇野光雄国鉄スワローズ1956年
笠原和夫高橋ユニオンズ1956年
岩本義行東映フライヤーズ1956-1957年
杉下茂中日ドラゴンズ1959-1960年
中西太西鉄ライオンズ1962-1969年
小玉明利近鉄バファローズ1967年
野村克也南海ホークス1970-1977年
村山実阪神タイガース1970-1972年
江藤慎一太平洋クラブライオンズ1975年
古田敦也東京ヤクルトスワローズ2006-2007年
谷繁元信中日ドラゴンズ2014年(予定)-

他に、選手兼任での監督就任要請を断った選手も存在する。

日本社会人野球の選手兼任監督

選手名球団兼任期間
垣野多鶴三菱自動車川崎1980-1984年
山野和明互大設備ダイヤモンドクラブ1999年-
佐藤康典?TDK千曲川2005年-

*1藤本英雄

*2:肩書き上はチームディレクター

*3:プレイイングコーチ

*4:肩書きはヘッドコーチ

*5:肩書きはヘッドコーチ