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僧正遍昭

読書

僧正遍昭

そうじょうへんじょう

僧正遍照とも表記する。

平安時代前期の歌人六歌仙三十六歌仙の一人。俗名は良岑宗貞。通称は良僧正・花山僧正

弘仁七(816)年生、寛平二(890)年没。

大納言良岑安世*1の子。在俗中の子には、良岑玄利(素性法師)がいる。

従五位上蔵人頭であったが、嘉祥三(850)年に仁明天皇崩御すると悲嘆のあまり出家した。円仁・円珍に師事し、仁和元(885)年に僧正となり、同年十二月には光孝天皇から七十賀を仁寿殿で賜る。

貞観年間に京都山科に元慶寺を創建、座主となる。

古今和歌集』の仮名序には「歌のさまは得たれども、まことすくなし」と評する。『古今集』以下の勅撰集には約三十五首が入集。家集は『遍昭集(遍照集)』

*1桓武天皇の皇子で、延暦二十一年に臣籍降下して良岑氏を開いた。