曹真

社会

曹真

そうしん

中国後漢から三国時代の人物(? - 231年?)。魏(曹魏)の実質的な創始者の曹操武帝)の一族。父は曹邵(異説あり)。子に曹爽?、曹羲、曹訓、曹則、曹彦、曹皚。弟に曹彬。妹に夏侯尚?の妻。外甥に夏侯玄?

幼いときに父を失ったが、同族の曹休とともに次代を担う人材として曹操に可愛がられ、漢中をめぐる劉備との戦いでは一軍を任されて活躍した。

曹操の死後、子の曹丕(文帝)が後漢を滅ぼして魏を成立させると、曹真は曹氏一族の重鎮として軍権をゆだねられ、蜀(蜀漢)や呉(孫呉)と戦った。

文帝の死後、曹休陳羣司馬懿と共に曹叡(明帝)を補佐した。

蜀の諸葛亮が侵攻してくると、防衛軍の総指揮をとって蜀軍を二度にわたり撃退した。

230年、蜀への侵攻を提案し、多くの反対を押し切って明帝の許可を得たが、長雨のため道が途絶したため見るべき戦果もなく撤退した。翌231年に病没。

人徳に厚い人物であり、死後もその徳を評価された。一方で、肥満体であったことを文帝の寵臣の呉質?にからかわれたこともある。

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