孫翊

社会

孫翊

そんよく

孫翊(そんよく184年〜204年)字は叔弼。孫堅の三男。

武闘派チックな性格で勇猛なところが孫策に似ていたことから、孫策の死後その跡を継ぐべきと言われたこともあった。しかし実際は、横柄に振る舞い、酒に酔うと特に粗暴なる人物だった。

二十歳前後で丹陽の太守となったのち、配下の爲覧・戴員が辺洪という人物と交友をもっていたところ、それが気に食わないといって爲覧、戴員を叱責した。すると爲覧、戴員、辺洪らに暗殺された。その後の孫翊の妻・徐氏による敵討ちが有名。