スマートフォン用の表示で見る

大塚光二

スポーツ

大塚光二

おおつかこうじ

90年代のプロ野球西武ライオンズの選手。

旧名「大塚孝二」。

右投左打、ポジションは外野手背番号は23番。

1967年8月26日生まれ。兵庫県出身。

育英高校から東北福祉大学に進学。

1年次より1番打者として活躍し、日米大学野球選手権に3度出場。首位打者3回、MVP2回受賞。

1990年ドラフト3位で西武ライオンズに入団。

1年目より一軍に定着。左翼手、また控えの野手としてライオンズ黄金時代を支えた。

1991年、「光二」に改名。

1992年の日本シリーズ第6戦では、秋山幸二適時打での一塁から本塁への走塁が注目を集め、日本一に繋げた。

また、1998年の日本シリーズでは6打数連続安打の日本記録*1を樹立。

日本シリーズ通算打率(50打席以上)では58打数23安打で.397と、歴代1位。

安部理と共に「日本シリーズ要員」として名を馳せた。


2001年、現役引退。

その後、テレビ朝日文化放送J SPORTS野球解説者を務め、

また、マスターズリーグ札幌アンビシャスの選手としても活躍。

清原和博垣内哲也とは親友である。

佐々木主浩は大学の同期。


2006年、埼玉県川越市社会人野球クラブチーム、「一球幸魂倶楽部?」の監督に就任。


リスト::野球選手

*1:2005年、今江敏晃が8打数連続安打で記録更新。