大島郡

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地理

大島郡

おおしまぐん

沿革

1908年4月1日、島嶼町村制の施行に伴い、大島郡に16村が成立する(十島村、喜界村、笠利村、龍郷村、名瀬村、大和村、住用村、焼内村、東方村、鎮西村、天城村、亀津村、島尻村、知名村、和泊村、与論村)。(16村)

1916年5月20日、焼内村から西方村が分立、鎮西村から実久村が分立、天城村から東天城村が分立。(19村)

1917年11月1日、焼内村が宇検村に改称。

1919年4月1日、喜界村から早町村が分立。(20村)

1921年6月29日、島尻村が伊仙村に改称。

1922年10月1日、名瀬村から金久・伊津部地区が分立、町制施行し名瀬町となる。名瀬村から上方・古見方・下方地区が分立、三方村となる。(1町20村)

1936年4月1日、東方村が町制施行・改称し古仁屋町となる。(2町19村)

1941年5月1日、和泊村が町制施行し和泊町となる。(3町18村)

1941年10月1日、喜界村が町制施行し喜界町となる。(4町17村)

1942年1月1日、亀津村が町制施行し亀津町となる。(5町16村)

1946年2月28日、十島村の北緯30度線北、上三島を除く郡全域が米軍の統治下となる。十島村三島鹿児島市十島村仮役場(現在の三島村役場の前身)を設置。

1946年7月1日、名瀬町が市制施行し、名瀬市となり郡より離脱。(4町16村)

1946年9月1日、知名村が町制施行し知名町となる。(5町15村)

1952年2月4日、十島村下七島の施政権が日本に復帰。

1952年2月10日、十島村を上三島三島村と下七島十島村に分離。(5町16村)

1953年12月25日、郡全域の施政権が日本に復帰。

1955年2月1日、三方村が名瀬市に編入。(5町15村)

1956年9月1日、古仁屋町・鎮西村・実久村・西方村が合併し、瀬戸内町が発足。(5町12村)

1956年9月10日喜界町・早町村が合併し、喜界町が発足。(5町11村)

1958年4月1日、亀津町・東天城村が合併し、徳之島町が発足。(5町10村)

1961年1月1日、笠利村が町制施行し笠利町となる。天城村が町制施行し天城町となる。(7町8村)

1962年1月1日、伊仙村が町制施行し伊仙町となる。(8町7村)

1963年1月1日、与論村が町制施行し与論町となる。(9町6村)

1973年4月1日、三島村十島村鹿児島郡へ移行。(9町4村)

1975年2月10日、龍郷村が町制施行し龍郷町となる。(10町3村)

2006年3月20日、笠利町・住用村が名瀬市合併し、奄美市が発足、郡より離脱。(9町2村)

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