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拓殖大学日本文化研究所

一般

拓殖大学日本文化研究所

たくしょくだいがくにほんぶんかけんきゅうしょ

1987年4月に「現代文明に変り得る、新たな文明の核としての日本を研究する機関」として設立

当初は日本文化研究室という名称で、研究員は所長と客員研究員3名に加え、各学部大学院に所属する教員が兼務するという形が取られていた。 1994年に「建学の精神に則って我が国と世界の学術と平和に寄与する研究機関」へと設立の目的が変更され、研究室も研究所へ昇格する。昇格により、研究所所長、専任教授、専任研究員を抱えることとなる。研究内容も昇格同時に研究内容が「アイデンティティの探求」という一点に絞った研究に変更された。これにより紀要も大幅変更されることになる。 1998年8月には、日本文化研究所付属近現代研究センターが設立台湾との共同研究「後藤新平新渡戸稲造事跡国際検討会」の参加や学術検討会などへの参加。また、拓殖大学台北分校調査などが行われた。韓国でも拓殖大学京城分校の調査が行われた。 近年では、明治以降の近代化や戦後の歴史編纂などで掻き消された歴史や文化をもう一度掘り起こし検証することを中心に研究されており、得られた成果を新日本学として紀要公開講座などで紹介している。紀要は『季刊新日本学』という名の表題とし年四回発行している。また、一般市民向け公開講座を開講している。(名称は毎年変わるが、「日本」という名が入る。)研究所は、拓殖大学国際教育会館内の別館研究所棟にある。 所長は遠藤浩一