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達川光男

スポーツ

達川光男

たつかわみつお

プロ野球選手・指導者・監督・評論家。

監督時の登録名は「達川晃豊」。

右投右打、ポジションは捕手背番号は40番。

1955年7月13日生まれ。広島県出身。

広島商業東洋大学を経て、1978年にドラフト4位で広島東洋カープに入団。

水沼四郎道原裕幸の後を受け、カープの正捕手として活躍。

大野豊北別府学津田恒実らとバッテリーを組む。

攻撃的なリードと打者に話しかける戦術*1で活躍。

本来のプレー以外でもファンを大いに楽しませた、数少ない選手の一人だった*2

1991年セ・リーグ優勝を機に、一度は現役引退表明するが、現役を続行。

翌1992年、現役引退。

1995年、福岡ダイエーホークスのコーチに就任。同年退団。

1998年、広島東洋カープに二軍監督として復帰。

1999年、一軍監督に就任。

2000年、退団。

2003年、阪神タイガースバッテリーコーチに就任。チームの優勝に貢献。


その後テレビ新広島ニッポン放送の解説者。広島弁を貫く解説で人気を博す。

また、マスターズリーグ福岡ドンタクズの選手、モルツ球団の選手としても活躍。

2014年中日ドラゴンズバッテリーコーチに就任。

*1ささやき戦術の一種。話しかけて揺さぶっていた大杉勝男本塁打を打たれ、ホームに生還後殴られたのは有名。

*2ホームベース付近でコンタクトレンズを落として探す。また、バットの付け根に当てて死球を装うなど、巧妙だった。