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辻潤

読書

辻潤

つじじゅん

1884年〜1944年 詩人翻訳家、評論家。

東京浅草区向柳原町)生まれ。1911年英語教師として赴任した上野高女にて伊藤野枝と知り合い、翌年より同棲。一(1913年生、のちの画家辻まこと)、流二(1915年生)の2子をもうける。

放浪生活を送りながら、シュティルナーの翻訳などの執筆活動を行った。

1922年高橋新吉と知り合い、ダダについて知らされ、このころからダダイストと称し始める。同年9月の萬朝報に寄稿した「ダダの話」をはじめとした文筆活動を行う。

同年、小島きよと知り合い、のちに秋生(1923年生)をもうける。

1932年、精神に異常を来す。「天狗になった」と言い、屋根から飛び降りたりする異常な言動が顕著となり、青山脳病院の斉藤茂吉の診察を受け、のち井村病院に入院。その後、放浪と病院への収容を繰り返す。

1944年、淀橋区上落合のアパートにて死亡しているのを発見される。餓死とみられる。

著書に「浮浪漫語」「絶望の書」など。

チューリッヒ・ダダ、パリ・ダダなどで活躍したトリスタン・ツァラの名をTristram Shandyからとったものと推察した記述は「絶望の書」にある。