鶴岡一人

スポーツ

鶴岡一人

つるおかかずと

戦前・戦後のプロ野球選手・監督。

ポジションは内野手背番号は5→30。愛称「親分」。

1916年7月17日生まれ。広島県出身。右投右打。

現役時代はルーキーイヤーより三塁手として活躍し本塁打王を獲得するも応召される。1946年に復帰し、打点王を獲得。

「グラウンドにゼニが落ちている」の名言を選手に言ってプロ意識を向上させるなど、チームをまとめ上げた。

専任監督となってからは、テスト生だった野村克也などを育て黄金期を築きあげる。

1965年野球殿堂入り。また、同年一時勇退を決めたが後任監督の蔭山和夫が就任4日後に急死し勇退を撤回。

勇退後はNHKスポーツニッポンの解説者を務めた。

2000年3月7日、心不全のため死去。享年83。