鶴見事故

一般

鶴見事故

つるみじこ

鶴見事故は、1963年11月9日21時51分頃、日本国有鉄道国鉄東海道本線鶴見駅 - 新子安駅間の滝坂不動踏切(神奈川県横浜市鶴見区)付近で発生した列車脱線多重衝突事故である。

概要

東海道本線(貨物線)鶴見-横浜間下り線を走行中の佐原野洲貨物列車後部3両が脱線。引きずられて架線柱に衝突した後に編成から外れて、東海道本線旅客線の上り線を支障した。そこへ同線を走行中の、横須賀線久里浜東京行の上り電車が衝突、さらに脱線した電車3両が反対側を走行中の横須賀線東京逗子行下り電車に衝突した。

これにより死者161人(国鉄職員1人含む)、負傷者120人(同1人)を出す大惨事となった。

事故発生直後から、沿線住民や地元警察、消防、自衛隊米軍總持寺関係者など、延べ2,650人が乗客の救出に協力。操重車4台、レッカー車9台による救出・復旧により京浜東北線は翌10日5時30分に、東海道本線も10日16時07分に復旧した。

總持寺境内には、国鉄鶴見事故遭難者慰霊碑、現場付近の線路わきには、供養之塔が建立されている。