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田宮二郎

一般

田宮二郎

たみやじろう

俳優。昭和10〜昭和53

戦後映画・テレビ界で活躍したクール・ガイ。

学習院大在学中の二十歳の時、スポーツ新聞ミスターニッポンコンテストで優勝したのがきっかけで、大映10期生として即入社。

昭和32年
本名の柴田吾郎でデビュー。
昭和34年
大映社長・永田雅一がオーナーを兼務している毎日大映オリオンズの強打者・田宮謙次郎にあやかり、田宮二郎を芸名とする。

時代劇現代劇問わず、硬軟の役柄を自在にこなし、男優が手薄の大映現代劇のなかで、群を抜く存在となる。

昭和43年
映画宣伝ポスターの序列をめぐり、大映とトラブルを起こし、解雇五社協定*1により、一時映画界から締め出される。
昭和53年
白い巨塔」最終回放送直前に猟銃自殺(収録は11月15日に終了していた)。それまで12〜13%にとどまっていた視聴率が、話題になり最終回(翌年1月6日放送)の数字は31.4%に跳ね上がった。プロデューサーは視聴者の現金さに怒ったらしい。

*1:映画大手の松竹東宝大映東映新東宝が53年に結んだ専属監督、俳優の引き抜き防止協定。後に日活が加わり、新東宝は倒産。専属体制で日本映画は年間製作500本の全盛期を迎えるが、71年には大映も1度倒産

*2:余談だが、かの「パネルクイズアタック25」の司会・児玉清とは、学習院の同期。児玉は「白い巨塔」では原告弁護人・関口を演じている。