藤原実頼

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藤原実頼

ふじわらのさねより

平安時代中期の公卿。諡は清慎公。小野宮と号する。

昌泰三(900)年生、天禄元(970)年薨。

貞信公藤原忠平の長男。母は宇多天皇皇女源順子*1。同母弟に藤原師氏。

延喜十五(915)年に従五位下として官位をスタートし、承平元(931)年に参議、天暦元(947)年に左大臣と累進。康保四(967)年からは冷泉天皇関白太政大臣を務めた。安和二(969)年からは安和の変により左大臣源高明を追放し、円融天皇摂政となるものの、外戚ではなかったため無力であった。没後、正一位を追贈、封尾張国。

歌人詩人として著名で、天徳内裏歌合の判者を務め、『和漢朗詠集』にも漢詩を残す。また、有職故実に通じており、小野宮流の祖となる。

家集は『清慎公集』、『後撰和歌集』以下の勅撰集に三十五首入集。

日記『水心記』は散逸。

妻と子女

*1:『大鏡』などでは源傾子