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藤原成親

社会

藤原成親

ふじわらのなりちか

保延4年(1138年)〜治承元年7月9日(1177年8月4日)

日本の平安時代末期の公卿藤原家成の子。

大納言まで登り詰めたが鹿ケ谷の陰謀の発覚により、平氏によって備前国に配流されその後死亡した。