藤原忠清

社会

藤原忠清

ふじわらのただきよ

?〜元暦2年5月16日(1185年6月15日

日本の平安時代末期の武将。別名は伊藤忠清

伊勢国度会郡古市荘を基盤とする藤原秀郷流伊藤氏の出身で、平氏譜代の有力家人である。平氏一門が壇ノ浦の戦いで滅亡後、志摩国麻生浦で加藤光員の郎等に捕らえられ、その後、六条河原で処刑されたと伝えられている。