内藤幸三

スポーツ

内藤幸三

ないとうこうぞう

戦前・戦後のプロ野球選手。通称「スポンジ界*1の沢村」。

左投左打、ポジションは投手外野手背番号は17→19→14→16→15番。

1916年3月25日生まれ。北海道出身

小樽商からリーガル投手として、全国軟式野球大会で連覇。

1936年、日本プロ野球史上初の軟式野球出身選手として名古屋金鯱に入団。

沢村栄治との投手対決は絵になるものであった。

1941年、朝日軍に移籍。外野手を兼ねた。

応召後、1946年ゴールドスターに移籍。16勝25敗をマーク。1949年阪急ブレーブスに移籍。

1950年広島カープ創立の際、移籍入団。球団初勝利を挙げ、黎明期カープ投手陣を支えた。

1951年現役引退

1954年、セ・リーグ審判員となる。1968年、引退。


2002年1月30日、脳梗塞のため東京都内の自宅で逝去。

*1軟式野球界の当時の通称。