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入門書

読書

入門書

にゅうもんしょ

入門書とは、ある分野や事柄についての「知っておかなければいけない言語」が紹介されているガイドブック(水先案内本)のことである。かつてソクラテスが「大工と話すなら大工の言葉で話せ」といったように、分野や事柄が専門的になればなるほど、言葉(術語)は狭隘になっていくもので、その道で無礼に当たらない程度の礼儀や礼節として望まれる「最低限度の語彙と文法」を記し置いておくために編まれた書物が、ここで話題になっている入門書である。もちろん「どこまで知り得た人が入門書を書くのか」という問題もあり、著者によってバラつきもあるので、入門について明るい人は「入門書を読むなら、最低でも2冊読め」と案内の案内(メタ案内)をしてくれる。ちなみにこの記述は、案内の案内の案内ということになる。


入門書のおもしろいところを挙げるとすれば、専門的にかけない分、本質的であるところだろう。経済学入門書だとしたら「貨幣とはなにか」「資本とはなにか」「なぜ人間だけが生き延びるのにお金を必要とするのか、それは本当に必要なものなのか」「交換とはなにか」「交易とはなにか」といった入門者の関心を懇ろに書いてくれている(ものが多い気がする)。


そもそも、ロボットをつくるにはどのような考え方が必要なのか。ロボットを設計するに当たって、いかなる設計指針を持つべきなのか。今後のロボットは何を目指すのか。あるいは、ロボットを学ぶにはどうすればよいのか。そのような数々の疑問が、本書により一つでも解決されたり、あるいは本書がその解決の糸口をつかむ一助となれば、著者の苦労はねぎらわれてなお余りあるといえよう。

― 舘翮「ロボット入門 つくる哲学・つかう知恵(ちくま新書、2002年、p.206、あとがき)」より


また、入門書を書く人は、一風変わった責任のようなものを感じていることがあるので、それもまたひとつの楽しみでもある。


私はもとよりいわゆるレヴィナス研究者ではなく、フランス現代哲学研究者ですらない…(中略)書物は出版されたときから、著者よりもむしろ読者のものとなる宿命を帯びていよう。忌憚のない注文、批判をまちうけることだけが、著者の権利としてのこされているようにおもわれる。最後に、私の連絡先をしるしておきたい。

熊野純彦レヴィナス入門(ちくま新書、1999年、p.217、あとがき)」より