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能久親王

一般

能久親王

よしひさしんのう

北白川宮能久親王

弘化4年2月16日(1847年4月1日)伏見宮邦家親王の第九王子として生まれ、翌年、仁孝天皇の猶子となる。

幼少時に親王宣下、落飾(出家)し、輪王寺宮相続。公現法親王として上野寛永寺門跡となる。

慶応4年1868年)、彰義隊奥羽越列藩同盟に擁立される(→東武皇帝)。

明治3年1870年)、復飾(還俗)して伏見宮に復帰。軍籍に入りプロシアに留学(明治10年帰国)。

明治5年1872年)、北白川宮相続

明治17年(1884年)、陸軍少将

明治25年(1892年)、陸軍中将

明治28年(1895年)10月28日、近衛師団長として出征先の台湾マラリアに罹り戦病死。

没後、陸軍大将、大勲位菊花章頸飾および功三級金鵄勲章。


北の丸公園内に銅像がある。