厨二病的シニシズムは、子供っぽい純粋さを持っている。たとえば、高校生のぼくはボランティアなどすべて偽善だと思っていた。社会のためではなく、単なる自己満足。「他人からええように思われたいだけや」と。まさに「シニシズム」である。しかし、逆に言うと、シニカルな人間にとって、自分のすべてを費やすほど自己犠牲をしないかぎり、ボランティアを含めてあらゆる社会運動は「偽善」となってしまう。それではあまりにも理想が高すぎる。 シニカルな人間はきれいごとをバカにするくせに、きれいごとを人一倍に信じているところがある。だからこそ、きたない私欲を持つことが「偽善」として許せなくなる。普通に考えて、人間は複数の動機を…