箸墓古墳

地理

箸墓古墳

はしはかこふん

奈良県桜井市箸中、纒向遺跡南にある古墳。助詞を付けて「はしのはか」とも言う。『日本書紀』巻第五に記載がある「箸墓(はしのみはか)」に該当するとみてほぼ間違いないとされることからこの名で呼ぶ。壬申の乱に関する章では「箸陵」と表記されている。宮内庁『陵墓要覧』では「大市墓」とする。また森浩一氏は考古学上の配慮から、地名をとって「箸中山古墳」と呼ぶ。

日本最古級の前方後円墳で、全長約280メートルと大型。築造時期は3世紀末から4世紀前半頃とするのが定説。3世紀中頃とする意見もある(ただしソースは歴博)。魏志倭人伝に登場する邪馬台国の女王、卑弥呼の墓とみる人もいるが、これは歴博発表に依存している。歴博発表に対しては炭素14年代法の扱いを誤っている等の批判があるものの、話題性があるのでマスコミには好まれている。

日本書紀』は箸墓を大日本根子彦太瓊天皇(孝霊)の皇女である倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓であるとし、「日は人作り、夜は神作る」云々という造墓記事を載せている。これに相当する内容は『古事記』には無い。現在は宮内庁が陵墓に指定して管理している。