畠山高政

社会

畠山高政

はたけやまたかまさ

大永7年(1527年)〜天正4年10月15日(1576年11月5日)

日本の戦国時代の大名。畠山尾州家(畠山政長流)の当主。

紀伊河内を支配する戦国大名だったが教興寺の戦いなどで敗れ、河内における支配権を失い、紀伊に後退した。その後も失地回復を試みたが果たせなかった。