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尾上縫

一般

尾上縫

おのうえぬい

1930年・農家の次女として奈良県橿原市に生まれる。

戦後、結婚し長女をもうけるが、離婚。大阪ミナミのすき焼き屋にて仲居として働いていたところ、経済界の有力者とみられる客と親しくなり、援助を受けるようになる。

35歳の時に大阪ミナミに旅館の土地と建物を購入し、料亭「恵川」を始める。

83年に7階建てのビルを建て、そこに「恵川」を移転。跡地を大衆料理屋「大黒や」とする。

87年4月頃に株取引を始め、88年夏には証券会社の支店長が店に在駐するようになる。

尾上自身には株の知識はなく、証券会社の勧めや、自身の「お告げ」により銘柄を選び、銀行やノンバンクから借り受けた資金で売買。そのために、バブルの最中でありながらも損益を出す。90年末、尾上の金融資産は2650億円、負債は7221億円に及ぶ。

1991年8月13日、証書偽造による詐欺罪(東洋信用金庫元今里支店長が架空の預金証書を作成、それを別の金融機関に持ち込み、担保として差し入れ)で逮捕。

その後、尾上は留置所で破産手続きを行い、その際の負債総額は4300億円、これは個人としては史上最高額。東洋信用金庫は経営破綻。

2003年04月21日、懲役12年が確定。

(村山治「特捜検察vs金融権力」などを参照した)