不田涼子

スポーツ

不田涼子

ふだりょうこ

元プロテニスプレーヤー


生年月日      1986年10月25日

出身地       神戸市須磨区

身長・体重     164cm/52Kg

血液型       A型

所属事務所     舞夢プロ(2012年4月より)

出身校       神戸山手女子中学 → ブランデントン・アカデミー(アメリカ) → 高倉中学

              → 私立向陽台高校(単位制) → 同志社大学[スポーツ健康科学部](2012年4月より)

プロ転向      2003年12月 ※2012年3月引退

テニスを始めた時期 3歳

プレイスタイル   オールラウンド フォア/片手、バック/両手

好きなサーフェス  ハードコート

ラケット      ヨネックス

ストリングス    ヨネックス

ウェア       エレッセ

シューズ      ヨネックス

WTA最高位    シングルス 143位 (2006.1.30)、ダブルス 144位 (2006.2.20)

シーズン最終ランキング(WTAシングルス)

            2002年度 633位

            2003年度 404位

            2004年度 321位

            2005年度 178位

            2006年度 169位

            2007年度 366位

            2008年度 498位

            2009年度 207位

            2010年度 197位

            2011年度 335位


◆プロフィール、ランキングなどは女子テニス協会(WTA)、日本テニス協会(JTA)が公式に発表しているものを参考にしています。引退に伴い、最新ランキング(WTAは2012年4月2日付け以降、JTAは2012年3月度以降)の掲載を終了します。


主な戦績

  • シングルス

  Oceania Open Junior Championships (2002年6月) 優勝

  Darwin International (2002年7月) 優勝

  Pauls Northern Territory International (2002年7月) 優勝

  世界スーパージュニアテニス選手権 (2002年10月) 優勝

  修造チャレンジ・ジャパンオープンジュニア2003 (2003年4月) 優勝

  東京/$10000 (2003年10月) 優勝

  POZA RICA/$25000 (2005年4月) 準優勝

  浜名湖/$25000 (2005年5月) 優勝

  PHUKET/$25000 (2005年5月) 優勝

  MOUNT GAMBIER/$25000 (2005年11月) 優勝

  El Paso/$25000 (2010年6月) 準優勝


  • ダブルス ※末尾の[]内はペア選手名

  Gas Negara International Junior Championships (2002年5月) 準優勝 [Yi CHEN(TPE)]

  ジャパンオープンジュニア選手権 (2002年4月) 準優勝 [Ting-Wen WANG(TPE)]

  New Zealand 18 & Under Indoor Championships (2002年7月) 優勝 [川床萠(JPN)]

  山口/$10000 (2003年4月) 準優勝 [新井麻葵(JPN)]

  東京/$10000 (2003年10月) 優勝 [新井麻葵(JPN)]

  軽井沢/$25000 (2004年5月) 準優勝 [岡本聖子(JPN)]

  MOUNT GAMBIER/$25000 (2004年11月) 準優勝 [Su-Wei HSIEH(TPE)]

  イザワ・クリスマスオープン・テニストーナメント2004 (2004年12月) 優勝 [岡本聖子(JPN)]

  BROMMA/$25000 (2005年2月) 準優勝 [藤原里華(JPN)]

  TAIPEI/$25000 (2005年2月) 準優勝 [岡本聖子(JPN)]

  浜名湖/$25000 (2005年5月) 優勝 [岡本聖子(JPN)]

  岐阜/$50000 (2005年5月) 準優勝 [岡本聖子(JPN)]

  福岡/$50000 (2005年5月) 優勝 [岡本聖子(JPN)]

  JAKARTA/$25000 (2005年11月) 優勝 [Wynne PRAKUSYA(INA)]

  MOUNT GAMBIER/$25000 (2005年11月) 優勝 [Sunitha RAO(USA)]

  HAMMOND,LA/$50000 (2006年7月) 準優勝 [Sunitha RAO(USA)]

  第15回アジア大会(ドーハ大会) (2006年12月) 3位(銅メダル) [米村知子(JPN)]

  Clearwater/$25000 (2007年2月) 優勝 [岡本聖子(JPN)]

  HILTON HEAD/$10000 (2007年6月) 準優勝 [Mami INOUE(USA)]

  ALLENTOWN/$25000 (2007年6月) 優勝 [Sunitha RAO(IND)]


  • ミックスダブルス ※末尾の[]内はペア選手名

  第78回全日本テニス選手権 (2003年11月) 優勝 [トーマス嶋田(JPN)]


  • 団体戦 ※末尾の[]内はチームメイト

  第15回アジア大会(ドーハ大会) (2006年12月) 3位(銅メダル) [中村藍子森上亜希子、米村知子]

  第16回アジア大会(広州大会) (2010年11月) 3位(銅メダル) [クルム伊達公子森田あゆみ瀬間友里加土居美咲


◆主な戦績は女子テニス協会(WTA)、国際テニス連盟(ITF)、日本テニス協会(JTA)が公式に発表しているものを参考にしています。したがってジュニア大会やインターハイなどの戦績は抜けている可能性がありますのでご了承下さい。


雑記

    • 2004年に「さんまのSUPERからくりTV」の企画「からくりテニス同好会」において、明石家さんま長嶋一茂浅田美代子らを指導。初登場のとき、明石家さんまから“ぶーちゃん”と呼ばれ、試合会場でも観戦者からそう呼ばれたことに傷つく。このため2度目の登場のときには、明石家さんまに対して「練習試合でわたしたちが勝ったら二度と“ぶーちゃん”と呼ばない」という誓約書にサインするよう要求し、見事勝利した。また木村拓哉の大ファンであることも明らかになった。
    • 2006年にドーハで開催されたアジア大会では、日本代表選手のひとりに選ばれ、初めて日の丸を背負って試合に臨んだ。女子団体戦での登場は、準々決勝の韓国戦のみ(しかも第1セット途中で韓国ペアがリタイアしたため、あっという間の日の丸デビュー)であったが、米村知子選手と組んだ女子ダブルスではベスト4まで勝ち上がった。結果、銅メダル2個を持って帰国した。
    • 2007年4月、1年前の大会で痛めた膝の状態が悪化し手術を受ける。手術は大成功で6月にはツアーに復帰したが、7月後半に入り再び状況が悪化し、8月に再手術を受ける。このため2008年9月20日にツアー復帰するまで、リハビリとトレーニングの毎日を過ごす。復帰戦となった“Hansol Korea Open”(韓国・ソウル)の予選1回戦(2008年9月20日)は、CHANG Kyung-Mi(韓国)を3-6 6-0 6-0で下した。
    • 2009年12月に香港で開催された東アジア選手権に、日本代表選手のひとりとして出場した。瀬間友里加選手と組んで女子ダブルスに、近藤大生選手と組んでミックスダブルスに挑んだが、どちらもメダル獲得には至らなかった。
    • 2010年11月に中国・広州で開催されたアジア大会に、日本代表選手のひとりとして出場した。女子団体戦では、準々決勝のネパール戦で、第1シングルスとダブルスに登場。シングルスでは、LISSANEVITCH Aslesha選手を 60 60 のストレートで、また土居美咲選手と組んだダブルスでも、LISSANEVITCH Aslesha/RANA Malika組を 60 60 で下した。準決勝の台湾戦には登場の機会がなかったが、チームメイトの活躍で銅メダルを獲得した。女子ダブルスにも、土居美咲選手と組んで出場したが、2回戦の台湾ペアにフルセットの末に破れ、こちらはメダル獲得はならなかった。
    • 2012年3月6日、自身のブログにて「2012年3月31日をもって現役を引退する」ことを発表。あわせて同年4月から同志社大学に進学することを報告。
    • 2012年4月より、芸能事務所「舞夢プロ」に所属する。(スポーツ報知 大阪版・2012年4月11日号より)

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