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武藤貴也

社会

武藤貴也

むとうたかや

経歴

1979年5月25日、現在の釧路市生まれ。東京外国語大学を経て京都大学大学院に進み、大学院在学中の2007年秋から嘉田由紀子滋賀県知事(当時)の支持母体である中道派の地域政党対話でつなごう滋賀の会」に事務員として勤務。しかし2009年の総選挙に際して自民党公募に応じ、滋賀4区の同党公認候補となり政治的転向を遂げる。

この選挙では61,311票(得票率30.7%)に留まり民主党奥村展三大敗を喫したものの、続く2012年総選挙では非自民票が日本維新の会岩永裕貴民主党の奥村で二分された間隙を突き、57,049票(32.8%)を得て初当選2014年総選挙も維新の党の岩永と民主党徳永久志共倒れするのを尻目に60,460票(38.7%)を得て再選を果たした。自民党内では為公会麻生派)に属した。

転向後は次第に国粋主義思想に傾倒していき、基本的人権の保障や国民主権の考えが滅私奉公などの「日本人的価値観」を不当に失わしめたと主張したり*1集団的自衛権などの法制化に反対する学生集団を「『戦争に行きたくない』という自分中心、極端な利己的考え」と非難したりと、急進右派的な言動を展開する若手政治家の一人として注目を集めるようになった。また「安上がりな兵器」であるとして日本の核武装を提唱したほか*2自民党政権批判的なメディアに対する報道圧力を論じて物議を呼んだ「文化芸術懇話会」にも参加していた。

一連の発言について党から処分を受けることはなかったが、2015年8月になって「未公開株を秘密の議員枠で買える」と称して集めた資金で株を買わず、資金の返済も滞っていたとの疑惑が報道される*3。また委員会中に上記未公開株に関するやりとりをLINEでしていた疑惑や、貸付金の報告書不掲載などの疑いも生じると、一転して離党圧力に晒され、同月19日付で自民党を離党に追い込まれた。

さらに未成年男性買春疑惑まで報じられたこともあり*4、内外から議員辞職を求める声が高まったものの、本人は「日本の名誉を取り戻すために尽力したい」として辞職を拒否。また将来的な自民党復党も視野に入れて、今後も活動を続けていきたいとしている。