武末悉昌

スポーツ

武末悉昌

たけすえしっしょう

戦後のプロ野球選手。

日本球界におけるアンダースローの先駆け。

右投右打、ポジションは投手背番号は19→18→21番。

1922年10月4日生まれ。福岡県出身

筑紫中学から大連高等商業を経て、満協中央銀行に入る。

その後、福岡銀行、杵島炭坑、西日本鉄道とアマチュア野球界で活躍。

1944年、応召。

戦争で痛めた肩のためフォームを変更し、アンダースローを生み出した。

1949年南海ホークスに入団。

1年目より一軍で活躍し、21勝17敗を挙げ、新人王最多奪三振を獲得。

1950年西鉄クリッパーズに移籍。

西鉄ライオンズに変わった1951年オールスターに出場。


1954年、新設の高橋ユニオンズに入団。

トンボユニオンズに変わった1955年現役引退


1962年西鉄ライオンズのコーチに就任し、古巣復帰。

1970年、二軍監督に就任。 1971年、退団。


1998年6月2日、心不全のため福岡市内の病院で逝去。