「こんなお堅い仕事してますけどね、本当は、自分のことなんて誰も知らないような外国の街に飛び出して、肩で風をきって通りを歩いてみたい、なんて思っているんですよ」と彼はいかにも照れ臭そうに言った。彼の小さい目が更に小さくなって、ついには見えなくなった。「全く別の人生を送ってみたいというか。本気でそう思っているんです。密かな願望とでも言えばいいですかね」 日曜日の午後の駅近のビアカフェ。ぐずついている天気のせいか人はまばらだ。徐々に夕食時が近づいているということもあるのかもしれない。 「だったら、きっぱり仕事を辞めて、何なら明日の便にでも飛び乗って、試しにどこか行ってみればいいんじゃないですか」「ど…