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福留孝介

スポーツ

福留孝介

ふくどめこうすけ

プロ野球MLB選手。

ポジションは外野手背番号1→8。

1977年4月26日生。鹿児島県曽於郡大崎町出身。182cm85kg。右投左打。

PL学園高校−日本生命中日ドラゴンズ(1998年ドラフト1位)−シカゴ・カブス(FA宣言)−クリーブランド・インディアンスシカゴ・ホワイトソックスニューヨーク・ヤンキースマイナー契約)−阪神タイガース


高校時代は春夏合わせて3度甲子園に出場。3年夏には初戦の北海道工業戦で2本塁打を放つなど、15打数7安打7打点の活躍。

この年の高校野球の話題を独占するとともに、スカウト陣の注目の的に。

ドラフトでは高校生としては史上最高となる7球団が競合、大阪近鉄バファローズがくじを引き当てるも、

福留は希望の球団でなかったため入団を拒否、社会人野球日本生命へ進む。

1996年のアトランタオリンピック日本代表として銀メダルを獲得。


1998年逆指名で念願の中日ドラゴンズへ入団。1年目の開幕戦からスタメンに名を連ねチームのリーグ優勝にも貢献した。

また9月4日の広島戦で「サヨナラ落球」という不名誉な記録を残す。

その後伸び悩み、2000年、2001年と成績は下り坂に。

彼の才能が本当に開花したのは2002年から。

奇しくも高校3年時のドラフトバファローズの監督として当たりくじを引き当てた佐々木コーチのもとで打撃改造に着手、またこの年から本格的に外野手へコンバート。

初のフル出場で松井秀喜をおさえ首位打者に輝く。2003年には長打力も伸び、34本塁打11三塁打を記録。6月にはサイクルヒットも。

2004年は開幕から4番を打ち、アテネオリンピック代表に選ばれ日本の銅メダルに大きく貢献するが、帰国後9月1日の阪神戦で左手を骨折し、日本シリーズでは欠場した。

2005年には強肩を武器に守備率10割でゴールデングラブ賞、最高出塁率賞を受賞。

2006年は松井秀喜WBC出場を辞退したため王監督に説得され参加。予選の試合では不調に陥ったものの、準決勝の韓国戦・決勝のキューバ戦で代打として出場。

それぞれの試合で先制2点本塁打、追加点となる2点適時打を放ち、日本のWBC優勝に貢献した。

ちなみに今シーズンからセンターコンバートだったが新人の藤井淳志がセンターを守るため、今年もライト・福留孝介中日を引っ張っていく(ペナント中盤辺りからセンターも守るようになった)。

2006年6月14日交流戦・対西武5回戦に1000本安打を達成した。

同年に4年ぶり2回目の首位打者(.351)、セリーグ年間MVPを含む9タイトルを獲得した。

2008年からMLBでプレー。シカゴに所在する2チーム双方でプレーするなどして2013年から日本球界へ復帰。

獲得タイトル



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