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焚書

一般

焚書

ふんしょ

焚書は、書物を焼却する行為である。

特定の知識以外を排斥する他、特定の思想、学問を排斥する場合がある。歴史上では秦や、ナチスドイツGHQにおける行為が知られる。

始皇帝の焚書

秦の始皇帝紀元前213年に李斯の提案にしたがって、焚書を行った。

始皇帝焚書により、様々な書物の原典が失われた。しかし、壁の中に書物を隠すなどして書物を守った人もおり、それが、秦の滅亡後再発見され学問の研究に役立った。また、儒教の書物が狙われたと考えられがちであるが、他の諸子百家の書物も燃やされたことにも留意するべきであろう。

ドイツの焚書

1933年ナチスドイツの行った焚書では、カール・マルクスなどの社会主義的な書物や、ハインリヒ・ハイネエーリッヒ・ケストナー、ハインリヒ・マン、ベルトルト・ブレヒト、エーリヒ・マリア・レマルク、クルト・トゥホルスキー、カール・フォン・オシエツキーなどの、「非ドイツ」的とみなされた多くの著作が燃やされた。

GHQの焚書

太平洋戦争終結後日本を占領統治したGHQにより、戦争を肯定する内容や、武士道等の本が大量に焚書処分された。ここで言う焚書とは、書物を焼き払う行為を指すのではなく、「没収宣伝用刊行物」に指定することを指す。西尾幹二によると、GHQが7769点の指定リストをつくったとされる。

1946年昭和21年)、GHQが「宣伝用刊行物の没収」と題するタイプ打ちの覚書を日本政府に送ったことに始まる。書物の没収は全国的に行われたものの、一般家庭や図書館にある書物は没収対象にはせず、書店や出版社から、あるいは政府ルートを通じ、国民に知られないよう秘密裏に行われた。