・延長8年(930) 9.22 醍醐天皇の譲位により、寛明親王が践祚した(朱雀天皇)。藤原忠平に政事を摂行させた。(『山槐記』) ・延長8年(930) 9.22 左大臣,藤原忠平は摂政に任じられた。(『山槐記』) ・延長9年(931) ?.? 平高望の子息,良兼と、その甥,将門の仲が決裂した。(『将門記略』) 〔参考〕『将門記』によれば、対立の原因は女性であったという。 〔参考〕『今昔物語集』によれば、将門の父,良持(良将)の田畑の相続が争いの原因であったという。 ・承平1年(931) 7.19 宇多院は崩御した。(『貞信公記』) ※宇多天皇の代の後ほどから、天皇に対する諡は「〇院」とすること…