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平六代

社会

平六代

たいらのろくだい

承安3年(1173年)?〜建久10年2月5日(1199年3月3日)

日本の平安後期から鎌倉時代平家一門の武士。実名は平高清。

平家都落ちの際、京都に潜伏したが、文治元年(1185年)に北条時政に捕らえられる。その後、僧の文覚の尽力でゆるされ出家。ところが源頼朝の死後、自分の庇護者であった文覚が土御門通親襲撃計画を企てたとして隠岐国に流罪に処されると、六代も猪熊の宿所にて検非違使の安倍資兼によって捕らえられ、田越川にて処刑されてしまった。