牧野直隆

スポーツ

牧野直隆

まきのなおたか

アマチュア野球選手。

日本高等学校野球連盟第4代会長。

右投右打、ポジションは遊撃手

1910年10月6日生まれ。鹿児島県出身。

慶應義塾大学遊撃手、主将として活躍。早慶戦を沸かせたスター選手であった。

卒業後、社会人野球の全大阪で活躍。

1933年、鐘紡淀川を創部。

1949年、全鐘紡の総監督に就任。また、日本社会人野球協会設立に尽力した。

1950年都市対抗野球大会で優勝、1952年までの3連覇の偉業を達成。

また、高校野球の審判員を務める。

1960年日本高等学校野球連盟高野連)の理事に就任。

1981年、高野連第4代会長に就任。

高等学校野球の発展と育成を図り、打球が飛び過ぎる金属バットの規制や不祥事校の処分緩和などを進めた。

各種の改革を成し遂げ、23年間会長を務めた。

高校野球の閉会式で、「印象に残った試合は〜」と述べる挨拶は語り草である。

2003年、会長職を引退。脇村春夫に引き継がれ名誉会長となる。


1996年、野球殿堂入り。

1998年、勲三等瑞宝章を受章。


2006年7月18日、膵臓がんのため西宮市内の病院で逝去。