桝井伊三郎

社会

桝井伊三郎

ますいいさぶろう

嘉蔵‐伊右衛門から改名戻る

嘉永3年(1850年)2月12日生まれ(大和国添下郡伊豆七条村‐現・奈良県大和郡山市伊豆七条町)

明治43年(1910年)7月1日出直し:61才

文久3年(1863)母キクが夫の喘息の病をきっかけに帰参、伊三郎を連れて帰るようになる。

翌元治1年、キクの危篤を三度のおやしき詣でで助けて頂き熱心になる

妻は(西尾)ナラギクで結婚時、仲人の教祖より「おさめ」という名を付けて頂き改名

かんろだいてをどりのさづけ

*1((http://homepage3.nifty.com/nagano_karasugawa/bunko/jinbutsu.html))

*1:『稿本天理教教祖伝逸話篇?』10「えらい遠廻わりをして」 16「子供が親のために」