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目黒三郎

読書

目黒三郎

めぐろさぶろう

フランス語学者。1899年-1963年12月

仙台藩医師で文筆家の目黒順蔵(1847-1918)の長男として仙台生まれる。1920年東京外国語学校フランス語科卒業の後、小樽高等商業学校(現小樽商科大学助教授となり、小林多喜二伊藤整らを教える。1925年大阪外国語学校 教授、28年アムステルダムオリンピックに参加する人見絹枝をともなってパリへ赴き、30年までパリ大学フランス語を学ぶ。38年南京陥落祝いの提灯行列に大学生を強制参加させることに反対し大学配属の陸軍将校を殴打、大阪外語を辞職。その後、日仏合弁の帝国酸素(現 日本エア・リキード株式会社)の役員となる。以来、同社社員であった作家の大岡昇平と長年の交友を続ける。1942年、同社の兄弟会社である上海エール・リキッド社 社長として上海に赴任。同社は旧日本海軍を顧客とし、船舶溶接用酸素の生産・供給が主たる事業であった。敗戦を迎え、1946年上海租界より帰国。その後、1958年関西大学教授に就任。フランス語研究者目黒士門(1933−2015)は次男

目黒士門

著書