野溝七生子

読書

野溝七生子

のみぞなおこ

(1897-1987)作家。作風は泉鏡花ともリラダン久生十蘭とも比較される、優美かつ幻想的で、多分に少女漫画的な雰囲気もかもし出す。

略歴

1897年兵庫県姫路生まれ。1913年大分県立大分高女卒業。1916年同志社女学校英文科入学。1921年同校専門部予科卒業後、東洋大学専門学部文化学科に入学。1923年福岡日新聞の懸賞小説として『山梔』で応募。翌年東洋大学専門学部文化学科第一回卒業生となり、同時に研究生としてドイツ文学専攻。8月には『山梔』が島崎藤村徳田秋声田山花袋の選により特選に選ばれる。9月より福岡日新聞紙上で掲載開始。独逸語専修科中退。

1925年『眉輪』執筆。1926年『山梔』が春秋社より出版され、神近市子・北原白秋らに推賞される。

1928年『女人藝術』に参加。1932年都新聞東京新聞の前身)の懸賞小説として『女獣心理』が当選、掲載が開始される。

1940年八雲書林より『女獣心理』刊行。

1951年より東洋大学国文学科専任講師として近代文学を教え、1952年東洋大学文学部助教授に、1956年には教授になる。以降森鴎外研究で知られた存在となっていく。前後して1954年より新橋第一ホテルを定宿とするようになる。1967年東洋大学文学部助教授を定年退官後、非常勤講師

1983年東京都西多摩郡の仁友病院に入院。1987年急性心不全のため永眠。享年90歳。

2000年に久世光彦の元にあった『眉輪』の原稿が単行本として出版されたのをはじめ、講談社文芸文庫より『山梔』『女獣心理』が相次いで出版、2002年には未刊の短編を含めた短編全集『暖炉』が刊行され、復活が著しい。

主な著書

評伝