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柳浩太郎

アイドル

柳浩太郎

やなぎこうたろう

柳浩太郎

1985年12月21日生まれ。身長165cm体重48kg。出身はドイツベルリンだが、商社勤務の父とともに幼少期から世界各国を転々としていた。

若手男性俳優集団「D-BOYS」でサブリーダーを務めている。ワタナベエンターテインメント所属。主な舞台にミュージカル「テニスの王子様」の越前リョーマ役がある。舞台稽古からの帰宅途中に事故に遭い、脳挫傷、およびクモ膜下出血により意識不明の重体となる。その後、奇跡的な回復を遂げ、右半身麻痺・記憶障害・高次脳機能障害声帯損傷などの後遺症を抱えながらも、リハビリを続け、復帰。2010年7月には自伝エッセイ「障害役者 〜走れなくても、セリフを忘れても〜」を出版した。

エピソード

  • 家族は商社勤務の父、母、2歳上の姉とチワワの「あるふぁ」。
  • 3歳までベルリンで生活し、一時帰国。小学1年からインドに渡る。
  • 小学3年のころ、帰国することになったが姉が猛反対したため結託し姉弟だけでインドに残ることを決意。
  • 小学6年まで親と離れ、姉と共にインド内のアメリカンスクールで寮生活を送った。
  • 2002年、SMAP中居正広に憧れ、第15回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストに応募するも14位で予選落ち
  • 後日、「どんな奴が残ったのか見てやろう」と本選の様子を客席で見ていたところ、現在の所属事務所にスカウトされる。
  • 2003年4月、『ミュージカル テニスの王子様』の越前リョーマ役で、舞台初出演ながら主役に起用される。
  • 同年12月14日午後11時ごろ、舞台稽古からの帰宅途中に自宅付近で乗用車と接触し頭部を強打。
    • 脳挫傷、およびクモ膜下出血により意識不明の重体となる。
    • 両親が担当医より「死を覚悟してください」と言われるほどの危険な状態だったが、3週間後の翌年1月6日、奇跡的に意識を回復する。
    • しかしその後も約一ヶ月間ほどは親の顔の識別もできない朦朧とした状態にあった。
  • 右半身麻痺・記憶障害・高次脳機能障害声帯損傷などの後遺症が残り、医者には「一生寝たきりかもしれない」と言われる。
    • この事故により出演予定であった『ミュージカル テニスの王子様』続編を降板。
    • また高校卒業を間近に控えていたが卒業式には出席できなかった。
  • 復帰後も、病院やスポーツジムでのリハビリを行い、痙攣予防のため毎日2回の投薬を続けている(2007年時点)。
  • 2004年12月、1年間のリハビリを経て『ミュージカル テニスの王子様 in winter 2004-2005 side 不動峰 〜special match〜 』で越前リョーマ役に復帰。
    • しかし前述の後遺症により高音が出せなかったり、右半身麻痺のため舌がうまく動かせず台詞を流暢に喋れなかったりする状態であった。
    • そのため、この舞台と翌年5月の同ミュージカル『Dream Live 2nd』では同役を遠藤雄弥と場面交代で務めた。
  • 2006年3月、『Dream Live 3rd』を最後に『ミュージカル テニスの王子様』を卒業。

映画「あゝ!一軒家プロレス

映画「痴漢男

ミュージカル テニスの王子様 Dream Live 3rdを持って、越前リョーマ役を卒業。