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柳瀬正夢

アート

柳瀬正夢

やなせまさむ

洋画家装丁画家、漫画家愛媛県生まれ。1900年1945年

15歳で油彩「河と降る光と」が院展入選、早熟の才を示す。

未来派絵画の世界に強く動かされ、未来派美術協会に参加、また画壇につきものの権威主義を疑う場として村山知義らと前衛美術集団マヴォ(MAVO)を結成。

日本プロレタリア文芸連盟の創設に参加したのちは「無産者新聞」「赤旗」の挿し絵、各種左翼文献の装丁などに取り組み、風景画をよく描いた。

当時個展に出かけた佐多稲子によると、「画中屋根に舞う粉雪に、ある感情のリズムが感じられ、ひきいられた」という。1932(昭7)年治安維持法違反で検挙、苛烈な拷問を受ける。戦争協力を拒み、油彩に専念していたが、1945年新宿駅西口の空襲で亡くなった。

関連

井出孫六「ねじ釘の如く」岩波書店 1996年(伝記)

「ねじ釘の画家」ムサシノ出版/1990(作品集)