有馬光隆

一般

有馬光隆

ありまみつたか
摂津有馬

江戸時代の人物で、通称を主計といい、伊勢西条藩の嫡子にして、播磨国林田藩主建部政周の十一男。

有馬氏久の娘を正室にして氏久の養子となり、延享3年(1745年)に徳川家重に拝謁するも、寛延2年(1749年)に廃嫡さる。代わって信濃国飯田藩から有馬氏恒が養子に迎え入れられた。

筑後有馬

江戸時代久留米藩の重臣。筑後久留米寺町にある少林寺菩提寺とした。光隆がこの寺に持ち込んだものという『桶冠観音』(おけかぶりかんのん)と呼ばれる観音像が今もこの寺に遺されている。*1