立花義家

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立花義家

たちばなよしいえ

80年代のプロ野球選手。千葉ロッテマリーンズ一軍打撃コーチ。

左投左打、ポジションは外野手背番号は34→33→55番。

1958年10月27日生まれ。福岡県出身

柳川高校久保康生清家政和と共に1976年夏の甲子園に出場。

1977年ドラフト1位でクラウンライターライオンズに入団。

入団2年目の1978年、根本陸夫に抜擢され、19歳で外野手の定位置を掴む。

1979年西武ライオンズとしてのチーム初本塁打を記録すると同時に、西武球場開場弟1号を記録。

1980年・1981年にそれぞれ月間2本の満塁本塁打を記録。

1980年ライオンズの選手として、黄金時代に大きく貢献した。

1992年、金銭トレードで、阪神タイガースに移籍。

代打として出場も、一年で退団。

1993年台湾プロ野球俊国ベアーズに移籍。同年、現役引退


1997年福岡ダイエーホークスの二軍コーチに就任。

2001年、オリックス・ブルーウェーブの打撃コーチに就任。

2004年、西武ライオンズの一軍打撃コーチに就任し、古巣復帰。

2007年、退団。

2009年、福岡ソフトバンクホークスの打撃コーチに就任。

2013年、伊東勤監督に招聘され千葉ロッテマリーンズの一軍打撃コーチに就任。


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