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流星改

一般

流星改

りゅうせいかい

日本海軍艦上攻撃機、B7A2。

16試艦上攻撃機として昭和16年10月より愛知航空機において設計が開始された。昭和17年12月に試作1号機が初飛行するが、攻撃機雷撃機)と爆撃機(急降下爆撃機)を兼ねる欲張った仕様が災いして重量が増加し、満足な性能は得られなかった。

このため試作2号機は大幅に設計を改められ、主翼楕円翼から直線テーパー翼となり、全幅は16mから14.4mに縮小された。また、胴体にも改良が加えられた。

試作2号機の初飛行は昭和18年、試作機は9機まで製造された。飛行試験は昭和19年まで続けられ、昭和20年3月に「流星改」として制式採用された。「改」というのは試作2号機以降の大幅な改設計によるものだが、増加試作機までを「流星」と呼ぶらしい。

全幅14.4m、全長11.49m、全備重量5700kgの大型の機体であるが、最大速度は543km/hと比較的高速だった。爆弾倉を胴体下部に置くため中翼であり、脚を短くするために逆ガル型としたのが本機の特徴。生産機数は111機である。

佐貫亦男:『続々飛べヒコーキ』(ISBN:4769822804)に本機に関するエッセイ、「苦しみに耐えた流星改」がある。

斜め前方から眺めると、広く脚を踏んばり、VDMの四枚羽根プロペラをつけ、ゆるく波を打つ逆カモメ主翼、ちょっと前かがみの胴体は苦しみに耐えた者だけが持つ表情を持つ。

そして寺島龍一氏が描く跪く男の姿が添えられている。それはまさに「OTL」。