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廖化

(一般)
りょうか

廖 化(りょう か、188年以前 - 264年)は、後漢末期から三国時代にかけての軍人。蜀(蜀漢)に仕えた。字は元倹。荊州襄陽郡中盧県の人。元の名は淳。

小説『三国志演義』では、黄巾賊の残党ながら仲間の杜遠が拉致してきた劉備の妻妾に無礼を働いたため、 首を斬って関羽に差し出す。 その際、賊出身の人物を家来にすることを嫌った関羽に拒絶されている。そして劉備が荊州を手中にしたころに物語に復帰し、関羽主簿(幕僚長)となる。 関羽が呂蒙に攻められて麦城へ逃げ込んだ時に上庸の劉封・孟達へ援軍を求めに走ったが、要請を拒否されて成都に走る。関羽の死後に劉封らの処罰を劉備に訴え、これが孟達の脱走と劉封の処刑につながっている。

北伐の際には諸葛亮の指揮下の将として活躍する。あるとき、諸葛亮の策により魏の将軍司馬懿を追い詰めるが、司馬懿がわざと逃げ道の逆方向に兜を落としたのを真に受け、誤った方向を追ったために後一歩の所で取り逃してしまう。諸葛亮は廖化の戦功を評価したものの、もし関羽なら司馬懿を捕らえることが出来ただろうと思い耽ることになる。最期は正史と同様である。

『演義』では、特に老将としての描写はないものの、物語の設定の都合で、黄巾の乱から蜀漢滅亡までを生き抜いたことになっている。

ウィキペディアより

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