< 人は 頭で事の善悪を判断するけど 人の好悪は腹で決める のかもです > 江戸城。半蔵門を出て甲州街道を西へ少し。先を歩く1人の旗本が左へ折れると、低い坂を下って平河町方面の夕闇に溶け込もうとしている。あとを追いかけるようにもう1人の旗本が駆けていく。 「おうい、そんなに急ぐこともあるまい。もう少しゆっくりと」 先を歩いていた旗本が足を止めて振り返った。嘉永6年6月5日の宵である。 現在の暦でいえば7月10日。前日の雨もあって、江戸はかなり蒸し暑くなっていた。追いついた男が息を切らせながら言った。 「ももんじ屋か?」 「ああ、おぬしもか」 「ああ、そうだ。浦賀の黒船は城と同じぐらい大きいそう…